menu

Items / Pottery

Montereau “Faience Fine Pichet”

 

1820-30年代、合併前のモントローで作陶されたファイアンスフィーヌのピシェ。

LL&T Montereauの刻印が確認できます。ルイ・ルブッフ&ティボー モントロー社 (Louis Lebeuf et Thibault Montereau, 1825-1833)としての作陶品です。

ファイアンスフィーヌ作陶全盛期ならではの実直で美しい白釉器です。

限られた職人による繊細な仕事ぶりを想起させる軽やかで薄い施釉、柔らかな曲線の美しさとエッジの効いた細部の作りの精巧さの同居したモデリング。この時代の器として最良のカタチが、現代のにも溶け込む自然な姿で表現されていると思います。

数少ない貴族や有産階級を顧客に作陶されていた時代のファイアンスフィーヌ。

吸い込まれるような気品をぜひ感じていただけたらと思います。

 

 

Faience Fine (ファイアンスフィーヌ)

ファイアンス フィーヌ(仏: Faience Fine)。
それは1800年前後のフランス陶器を語る際には、ごく大切な一語です。

ファイアンスとは淡黄色の土の上に白い錫釉をかけ完成させる焼き物のことです。1700年代のフランスで中上流階級の人々が用いた食器には主として「ファイアンス製陶器」と、限られた貴族のみが所有することができた高級な「磁器」「純銀器」がありました。

そんなフランスに、1700年代半ば、当時ウェッジウッドを筆頭に陶器製造の最先端国だった英国の「クリームウェア製陶器(クイーンズウェア)」が流入し、貴族、そして当時台頭してきていた市民階級(ブルジョワジー)たちの羨望の的となりました。

ですが王室によりその製造技法は特定の窯のみの特権とされ、また国内で採取できる陶土の違いもあり、英国式陶器をフランス各地で作陶することは困難でした。経営者や陶工たちはそうした環境化、1789年以降のフランス革命という激動をも乗り越え、伝統的なファイアンスと英国クリームウェアの狭間での技術開発を続け、人々の心を満たす、フランスならではの美しい陶器を作り出しました。

きめ細やかで品のある陶肌と、指で弾いた時の耳心地良い響き。
白、あるいは象牙色を素地にして、ごく薄い透明釉を施し低温焼成した繊細で軽やかな上質陶器。

それがフランスの「ファイアンスフィーヌ」です。

1700年代半ばに隆盛を極めた、貴族向けの英国式陶器が、今では初期のファイアンスフィーヌと呼ばれます。パリのポントシューやロレーヌ地方のリュヴィル(当時はロレーヌ公国領)といった王侯貴族の保護下で発展した名窯があります。

1800年代前後頃、市民社会到来以後は、王侯貴族の保護下にあった窯は廃れました。入れ違いで独自の進化・発展を遂げたのが、フランス式のファイアンスフィーヌです。ナポレオンの大陸封鎖による英国製陶器の輸入制限という外的な後押しも受け、ブルジョワ的な価格や意匠性での顧客アプローチに成功した、新興の窯々が存在感を示します。クレイユやモントロー、ショワジールロワといったパリ近郊の窯を軸に、フランス各地で、ファイアンスフィーヌが作陶されました。

とは言え時流の変化は世の常。1830年代以降、止まることのない近代化の波のなか、さらなる量産に向いた半陶半磁器(≒テールドフェール)の台頭があり、その作陶は急速に衰退することとなりました。

革命前と後で時代を区切るなら、それぞれが数十年という僅かな期間の作陶でした。

ファイアンスフィーヌ、それは当時のフランス人が苦心の末に生み出した、儚さと当代固有のブルジョワ的穏当な実直さを纏った骨董品です。

 

Montereau (モントロー)

パリ南東の郊外外れ、セーヌ川とヨンヌ川の合流点に位置する歴史ある街、モントロー=フォール=ヨンヌにかつて存在した陶器窯。

1720〜40年頃まで村に存在した小さな陶器工場をベースに、1745年頃より英国風陶器の作陶を開始し、1749年に大規模な製陶所を設置したのが、単独のモントローとしては1819年まで、合併を経た後のクレイユモントローとしては20世紀まで続く窯の起こりです。

開窯当初に作陶していた英国風陶器はフランス国王により生産を禁止され、作品も全て国王に献上するという憂き目にあいますが、技術開発を続けたモントローは、フランス独自の美しい陶器「ファイアンスフィーヌ」を1800年代初頭まで作り続けました。

1774年以降、イギリス人の経営者による窯の発展が顕著で、特に1796年〜1805年の間、当時のフランス陶磁器界における名経営者、イギリス人クリストフ・ポッター(Christophe Potter)の時代に、プロト工業化(機会工業化に先立つかたちで進行した、手工業生産の拡大)を行うことで、窯は大きく発展しました。1774〜1819年までがモントローの全盛期と呼べると思います。

その後、1819年にモントローの陶器工場は、クレイユ陶器工場の所有者でもあった人物に譲渡されます。窯はクレイユ エ モントロー社となり、その歴史を続けていくことになりますが、所謂ファイアンスフィーヌの作陶は、両窯が完全に合併をする1800年代半ばまでです。

モントローによる作陶品からは、貴族や有産階級を中心としたごく限られた人々を顧客としていた時期と重なることもあり、当代にしかない気品や色気を感じることができます。

 

(ご売約済)

Related posts