menu

Items / Pottery

Choisy le Roi “Octogonal Dessert Plate”

 

当時ヨーロッパの人々にとっての憧れでもあったウェッジウッドのクイーンズウェアを思い起こさせる気品を感じる施釉。ショワジールロワで作陶された、盛期ファイアンスフィーヌのオクトゴナルデザート皿です。

凛とした緊張感と優しさの同居した1枚。最もポピュラーなデザート皿に比べると、僅かに小ぶりで、このサイズ感こそが生む使い勝手の良さも魅力と思います

19世紀フランスにおける陶器製造の中心地に身を置いたショワジールロワが、その歴史の初期の時代に、数少ない貴族や有産階級を顧客に向けて僅かに作陶したファイアンスフィーヌ。古色溢れる魅力をぜひ感じてみてください。

※古手のオクトゴナル皿については詳細な背景も綴っていますので、よろしければご覧ください。

> Assiette Octogonale Anciennne / 古手のオクトゴナル皿

割れや欠けはなく全体として良好な状態です。リム部分に僅かに釉薬の削げがありますが、同系色なので言われないと気付かないくらいです。美観を損なうものではありません。ページ最下部スライドショー1枚目にて詳細もご確認いただけます。

 

 

Choisy le Roi (ショワジー ル ロワ)

市民革命を経た1804年、パリから北に10km程離れた郊外に位置する工業地域圏ショワジー ル ロワで、パイヤール3兄弟が開窯した陶器窯です。

1863年、イポリット・ブーランジェがディレクターとなったときに急成長を遂げ、1878年にはH.ブーランジェ社 (H.Boulenger&Cie)の名をかざし、当代有数の陶器会社となりました。1920年には、クレイユ エ モントロー社と合併。HBCM(Hiperolyte Boulanger-Creil-Montereau)社となり、引き続き製陶が続けられました。

※ショワジー ル ロワの窯では1934年まで、HBCM社となってからは合併先のモントローの窯で1955年まで、製陶は続けられました。

1800年代初頭のファイアンスフィーヌから、1800年代半ば以降のテールドフェール(半陶半磁器)まで、特に19世紀を通して単独のショワジールロワとして製陶された品には、フランスの産業革命と並行して隆盛を極めたことを示すブルジョワジー的な堅実な装いのなかに、フランス中心部に窯を構えていたからこそでしょうか、どこか18世紀を思わせる前時代的な貴族趣味も見え隠れし、当代ならではの時の移ろいが強く感じられます。

パリという地が、作陶品の雰囲気を特徴付けると共に、アイデンティティーでもあった製陶所だと思います。

 

 

Faience Fine (ファイアンス フィーヌ)

ファイアンス フィーヌ(仏: Faience Fine)。
それは1800年前後のフランス陶器を語る際には、ごく大切な一語です。

ファイアンスとは淡黄色の土の上に白い錫釉をかけ完成させる焼き物のことです。1700年代のフランスで中上流階級の人々が用いた食器には主として「ファイアンス製陶器」と、限られた貴族のみが所有することができた高級な「磁器」「純銀器」がありました。

そんなフランスに、1700年代半ば、当時ウェッジウッドを筆頭に陶器製造の最先端国だった英国の「クリームウェア製陶器(クイーンズウェア)」が流入し、貴族、そして当時台頭してきていた市民階級(ブルジョワジー)たちの羨望の的となりました。

ですが王室によりその製造技法は特定の窯のみの特権とされ、また国内で採取できる陶土の違いもあり、英国式陶器をフランス各地で作陶することは困難でした。経営者や陶工たちはそうした環境化、1789年以降のフランス革命という激動をも乗り越え、伝統的なファイアンスと英国クリームウェアの狭間での技術開発を続け、人々の心を満たす、フランスならではの美しい陶器を作り出しました。

きめ細やかで品のある陶肌と、指で弾いた時の耳心地良い響き。
白、あるいは象牙色を素地にして、ごく薄い透明釉を施し低温焼成した繊細で軽やかな上質陶器。

それがフランスの「ファイアンスフィーヌ」です。

1700年代半ばに隆盛を極めた、貴族向けの英国式陶器が、今では初期のファイアンスフィーヌと呼ばれます。パリのポントシューやロレーヌ地方のリュヴィル(当時はロレーヌ公国領)といった王侯貴族の保護下で発展した名窯があります。

1800年代前後頃、市民社会到来以後は、王侯貴族の保護下にあった窯は廃れました。入れ違いで独自の進化・発展を遂げたのが、フランス式のファイアンスフィーヌです。ナポレオンの大陸封鎖による英国製陶器の輸入制限という外的な後押しも受け、ブルジョワ的な価格や意匠性での顧客アプローチに成功した、新興の窯々が存在感を示します。クレイユやモントロー、ショワジールロワといったパリ近郊の窯を軸に、フランス各地で、ファイアンスフィーヌが作陶されました。

とは言え時流の変化は世の常。1830年代以降、止まることのない近代化の波のなか、さらなる量産に向いた半陶半磁器(≒テールドフェール)の台頭があり、その作陶は急速に衰退することとなりました。

革命前と後で時代を区切るなら、それぞれが数十年という僅かな期間の作陶でした。

ファイアンスフィーヌ、それは当時のフランス人が苦心の末に生み出した、儚さと当代固有のブルジョワ的穏当な実直さを纏った骨董品です。

 

 

(ご売約済)

Related posts