オンラインショップでご紹介している洋古書『Boris Vian, le jazz et Saint-Germain』

1993年と決して古くに発行されたものではないのですが、1940〜50年代のパリのジャズシーンを一望することのできるとても魅力的な写真集です。

 

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パリは19世紀末から20世紀半ばにかけて、大きく3回の文化の隆盛があった街。

文化の中心地となった場所はそれぞれに異なっていました。19世紀末から第1次対戦前までのモンマルトル、第1次大戦後のモンパルナス、そしてこの写真集が取り上げているのは、3度目の文化の隆盛、第2次大戦直後に文化の中心地となったサン=ジェルマン=デ=プレです。

 

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1940〜50年代に活躍した作家・詩人であり、批評家もしながらさまざまなジャンルのプロデューサー業を行い、アマチュアトランぺッターでもあったボリス・ヴィアン。20年代のマルチ文化人がジャン・コクトーなら、この時代のマルチ文化人といえばボリス・ヴィアンです。

岡崎京子さんの漫画や、ミッシェル・ゴンドリー監督による映画化でも有名な『日々の泡 (うたかたの日々)』の作者として有名ですね。

この写真集はそんな彼を中心に、パリ、サン=ジェルマン=デ=プレでのジャズシーンをまとめたものですが、ボリス・ヴィアンだけに留まらず、当時のパリ全体の文化の隆盛をも、もっとも勢いのあった文化活動の1つジャズを通して伺い知れる、とてもわくわくする1冊になっています。

 

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ヴィアンも携わって17世紀の地下貯蔵庫(カーブ)を改造して作られた、プライベート・クラブ「タブー (Tabou) 」。その後に作られ、新しいタブー (Nouveau Tabou) とも呼ばれた「クラブ・サンジェルマン」等と合わせて、パリのジャズの、そして文化人たちの拠点となった場所です。

クラブサンジェルマンは例えば59年のアートブレイキーの演奏等、その後もたくさんの名演奏が生まれたジャズクラブとして有名です。

「好みの曲が演奏されると、カップルは歓声をあげてフロアにとび出していき、朝の4時、5時まで踊っていた」。ジャズを中心に才気が爆発したユースカルチャー。そんな場所に好んで出入りした文化人、例えばジャン=ポール・サルトルやシモーヌ・ド・ボーヴォワール、アルベール・カミュ。

一見異なる文化圏の人々も、渾然一体になって創造性を生むパリらしさ。写真はこの街の奥行きを深さを知る、1つの頼りになってくれます。

そのほかにも例えば

 

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トランペットのソロ演奏を披露する若かりし頃、23歳のマイルス・デイヴィスと、彼が唯一愛しと言われている女性、シャンソン歌手のジュリエット・グレコ1949年に開催されたパリのジャズ・フェスティバルでフランスを訪れた時のひとコマです。

演奏自体も、少しづつ勢いを失ってきていた40年代らしいジャズが、ニューヨークからはジャズ文化で半歩遅れていたパリだからこそ、再度熱を帯びて楽しげに演奏されていて堪らなく魅力的ですが、写真集からは演奏の裏側にあった街の空気を感じることができます。

これ以外にも1957年、ヴィアンがサントラの音源化するために音楽レーベルに橋渡してたことでも有名なルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」の音楽を録音するマイルス・デイヴィスとその傍にいる女優ジャンヌ・モローや、デューク・エリントンをエスコートするボリス・ヴィアン等、写真を通じて文化の奥行きの深さに触れながら、この時代のパリのジャズシーンをさまざまに眺めることができます。

 

ボリス・ヴィアンの著作と合わせて読むのははもちろん、当時のパリで演奏されたジャズの演奏と合わせてお楽しみいただきたいお勧めの1冊です。

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