menu

Items / Pottery

Chantilly “Octogonal Dinner Plate”

 

<Shopping Information>

サイズ: W24.8 × D23.2cm
状態: 長い年月を経た器としてごく良好な状態の古陶器です。

 


 

時を経た古物こそがもつ美しさを纏ったファイアンスフィーヌ、シャンティー窯のオクトゴナル皿です。いわく形容しがたいニュアンスを纏った象牙色は印象深く、きりりとしたリムエッジとダイヤのエンボスに目を奪われます。

古手のオクトゴナル。当代流行りの器として数多く作られ、質や状態もさまざまだからこそ、個体毎の僅かな差異にこそ目を向け選び取ることを常に意識しています。

数少ない貴族や有産階級を顧客に作陶されていた時代の錫施釉によるテールドピップ。200年という時を刻んできたことを感じさせる古物ならではの風合いを纏いながらも、目立つ割れや欠けは見られない大変美しい佇まいの古陶器です。

※古手のオクトゴナル皿については詳細な背景も綴っていますので、よろしければご覧ください。

> Assiette Octogonale Anciennne / 古手のオクトゴナル皿

 

 

Chantilly (シャンティー)

1725年頃に貴族ルイ4世アンリ(コンデ公)の指示よりパリ北の郊外に位置する街シャンティーにできた陶磁器窯。

主には王侯貴族を顧客とした「軟質磁器」の窯として知られ、1700年代初期には日本の柿右衛門風磁器を、中期にはマイセン風磁器を作陶しました。それらは現代では博物館に並べられるような美術品として取り扱われます。

その後、1792年頃より、当時の経営者クリストフ・ポッターの主導により、貴族、そして新興する有産階級まで顧客層を拡げて「ファイアンスフィーヌ(上質なファイアンス陶器)」の作陶を大々的に開始。ですがそのたった10年後、1802年に、当時の窯のディレクターであったジャック・バグナルが、近隣の街にあったファイアンスリー、クレイユに能力の高い労働者や職人までをも引き連れて転籍したことで窯は急速に衰退。その名は歴史から消えていくことになります。

王侯貴族に向けてごく僅かな作陶が行われた軟質磁器。
発展を試みながらも窯が衰退し、結果的にごく短期間の作陶に終わったファイアンス陶器。

そのどちらもが、貴族的な佇まいがありながらもどこか儚げな、希少で美しい骨董品です。

 

 

Faience Fine (ファイアンスフィーヌ)

ファイアンス フィーヌ(仏: Faience Fine)。
それは1800年前後のフランス陶器を語る際には、ごく大切な一語です。

ファイアンスとは淡黄色の土の上に錫釉をかけ完成させる焼き物のことで
近世以降のフランスの主だった陶器製造法はこの「ファイアンス焼き」でした。

そんなフランスに、1700年代半ば、当時ウェッジウッドを筆頭に陶器製造の最先端国だった英国の「クリームウェア(クイーンズウェア)」が流入し、貴族の羨望の的となりました。

ですがブルボン王室によりその製造技法は特定の窯のみの特権とされ、また国内で採取できる陶土の違いもあり、英国式陶器をフランス各地で作陶することは困難だったそうです。経営者や陶工たちはそうした環境化、1789年以降のフランス革命という激動をも乗り越え、伝統的なファイアンス焼きと英国クリームウェアの狭間での技術開発を続け、貴族や有産階級の人々の心を満たす、フランスならではの美しい陶器を作り出しました。

きめ細やかで品のある陶肌と、指で弾いた時の耳心地良い響き。
白、あるいは象牙色を素地にして、透明な錫釉を施し低温焼成した繊細で軽やかな上質陶器。

それがフランスの「ファイアンスフィーヌ」です。

国王による保護が行われた初期の英国風ファイアンスから、クレイユやモントローで作陶されたテールドピップ、或いはテール ド ロレーヌ、ビスキュイ等、細かくはさらに詳細な作陶技法に分類されます。

ですが時流の変化は世の常。大量生産には向いていなく、繊細な器であったファイアンスフィーヌは、革命を経て市民社会の台頭がより顕著になり、英国から遅れるかたちでやってきた産業化の波の中で、1830年代以降は、徐々に量産向きの半陶半磁器(≒テールドフェール)に取って代わられることになりました。

ファイアンスフィーヌ。それは当時のフランス人が苦心の末に生み出し、ごく僅かな期間にだけ少数生産された、儚げな骨董品です。

 

販売価格(税別)
¥0
売り切れ
Stock:0点

Related posts