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シャンティイ、憧れの磁器皿

 

憧れの磁器皿に出会いました。

1700年代後期、シャンティイ。日本のフランスアンティーク市場では古手のファイアンスフィーヌ(上質なファイアンス陶器)のオクトゴナル皿が際立って有名ですが、窯の出自はブルボン王家の支流、コンデ公が始めた軟質磁器窯です。

パリから40キロほど北に位置するシャンティイ。ルーヴル美術館につぐ規模の古典絵画コレクションを持つことで今でも有名なシャンティイ城を拠点としていた大貴族コンデ公の命によって、1720年代に当地に開窯したシャンティイ磁器。当初は日本の有田の柿右衛門様式や、中国文様様式の模倣を行なっていました。

他方で1700年代末期、馴染みの深い陶器製造に目を向けると、激動のフランス革命期という時流のなかで、パリ周辺の市民階級に向けてのファイアンス陶器提供を始めた走りだったのだろうことが、各窯の年表を縦軸で眺めるとよく分かります。所謂シャンティイのオクトゴナルも、この頃に僅かに作られたものです。販路拡大の背景には有名な英国生まれの経営者や陶工といった担い手たちがいたのですが、それを可能にしたのは、一にも二にも、貴族資本を投じて生まれた磁器製造という窯としての運営基盤でした。

そんなシャンティイの歴史が革命後に短命で終わったのは、前述した英国人のうちの1人が主導して起こった、近隣窯クレイユへの労働者の大量転籍。それが要因で経営は立ちいかなくなり、窯は急速に衰退、歴史からその名を消してしまいました。その後、クレイユは19世紀パリ周辺の陶器製造史を牽引し、現在までその名を知られることになります。それ反してシャンティイは、特に生活骨董の世界では語られ方がごく限定的。高級アンティークの世界ではシャンティイ磁器は貴族御用達だった品として価値が高くて、なんていうことにはあまり興味がありませんが、それでも当時の活躍を想うと、少し寂しさを感じたりはします。

磁器でありながらも表情は豊か。窯のアイデンティティとも言える和洋の折衷加減は、用の器としての包容力にも繋がる。

文化の転換点の1つとしてごく興味深く、けれど何よりも先ずモノとして、当時代の軟質磁器ならではの吸引力と品の良さが同居した、当代シャンティイ磁器を象徴する絵付け皿です。

 

※写真の品は完売しました