Curiosité / Item

Nature Morte vers 1900

 

「パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない」

この一節をマリー・アントワネットが発言したという史実はありませんし、初出がジャン=ジャック・ルソー『告白』内のエピソードであるということは今では比較的知られていることのように思いますが、「この言葉がマリー・アントワネットのものとして長く語り継がれてきた」という事実から見えてくることもありそうです。

革命には敵が必要で、権力者の無知・傲慢のイメージを語るのには最適なフレージングだったということなのだと思いますが、そこにおいて「ブリオッシュ」という言葉が、フランス人の無意識に刺さる象徴的な力があったということに興味をひかれます。バゲットでは弱く、ケーキでは強すぎた。民衆にとって馴じみ深く、上流階級に人気の菓子パンとして定着していたブリオッシュだったからこそ語り継がれることになった(なってしまった)のでしょう。

英語の Still Life(オランダ語 Stilleven)の直訳「静かな生/生活」をそのままは活かさず、「静」のみに焦点をあてて「静物(画)」とした明治期以降の意図的な訳の方針は、日本的な感性と捉えられるでしょうか。真っ当な日本人たる自分自身の審美意識もその文脈に連なっていると常々感じています。

そうして穏やかな色彩と控えめな果実の静けさに惹かれ、すっと手が伸びた1枚の油彩画のなかにブリオッシュを見つけて、ほんの一瞬手は止まりました。大きな球体の生地の上に小さな球体の生地をのせて焼く独特なカタチ、パリ風ブリオッシュ。有閑な中産階級のほんの少し特別な贅沢品。キリスト教のシンボルである種なしパンのような存在では当然ありません。どこか過剰でやや不格好な形状からくるユーモラスな印象に、静けさのなかの異和を覚えたわけですが、むしろそこに可笑しみや、アイロニーすら感じたとき、作品は一層魅力的に思えてきました。

それが描き手の無意識なのか、あるいは明確な遊び心なのかは判りません。ヴァニタス的な読み替えをする必要まではきっとない、ほんのささやかな素人画家の作品ですが、傍らに置いたときに安堵を覚えるのは、寧ろそういうものだったりします。

ブリオッシュが描かれている静物画としては、まさに革命前夜の頃(1763年)にシャルダンが描いた作品が先ずに挙げられるでしょうし、その後エドゥアール・マネが、シャルダンに触発されたと思われる数作品を描いていることも知られています。きっとこの絵もそうした列に連なっている1枚です。

なんのハナシだったでしょうか。

帆布に油彩。フランス、1900年頃。

 


 

幅32.9 / 奥行き24.4 / 高2.6cm

(ご売約済)

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