Column / Item Note

カフェオレボウルのこと

 

さて、カフェオレボウルについて。

その歴史はじつは比較的浅く、食器として普及したのはせいぜい19世紀後期〜20世紀初期頃のことです。

19世紀半ばまでの農家において牛乳の利用は、保存の観点からバターやチーズの加工品が主でした。生産即消費の場合を除けば、直飲みすることは決して安全とはされていなかったなかで、かのパストゥールの低温殺菌法の発見や精製技術の向上にともない、その問題が解決したことで、ようやく牛乳を日常的に飲むことが一般化したそうです。

厳密な数字は手元にないため、あくまで経験からの類推ではありますが、カフェオレボウルの流通も期を同じくして始まっています。牛乳を躊躇なく楽しめるようになったことで、それをコーヒーにたっぷり注いで飲む習慣も市井の人々に一気に広まったのでしょう。

とここまで書くと、少し話は逸れますがもう1点言及したくなることがあります。それは、この頃のフランスで飲まれていたコーヒーはエスプレッソではないということです。エスプレッソコーヒーは、エスプレッソ・マシンがイタリアからもたらされ普及した1960年代以降に親しまれるようになったものです。

1950〜60年代頃のフランス映画を観ていると、丼のように大きなカフェオレボウルに、コーヒーの数倍量の牛乳を注いで飲んでいるムッシュの朝食シーンに出くわすことは多いです。

ちなみに前述のように実際の用途をふまえれば違和感はありませんが、本国フランスではカフェオレボウルのことは、カフェ/コーヒーボウル(Bol à café)とのみ呼ぶことが一般的であることは付記しておきます。

フランスを訪れたことがある方なら、飲食店での牛乳入りコーヒーのメニュー名が基本的にはカフェクレームであることはご存知かと思いますが、他方でカフェオレにはより家庭的なニュアンスがあるそうです。フランス語と英語が混じった造語とはいえ、カフェオレボウルとはなかなか粋な言葉のように感じつつ、大きなサイズのみをそう呼ぶほうが適切なようにも思えますし、言葉の定義は難しいですね。

いずれにしてもカフェオレボウルは、当時の生活と嗜好により添ってきた器でした。

とはいえ現在のフランスの食卓にカフェオレボウルを見かける機会はもはや稀です。ハンドル付きのカップを用いるほうがずっと一般的になっており、当時は当たり前だっただろうスタイルも古い時代の一コマになりつつあります。

1970年代に雑貨スタイリストを通じて日本に紹介され、存在がすでに言及不要なほどに知れ渡っているため見落としがちですが、その現出からカタチ、用途に至るまでを鑑みても、カフェオレボウルというのは、20世紀という限られた時代における在りし日のフランスを伝える食器なのだと思います。

寸法次第で、料理を盛り付けたりデセールを添えたりと用途は多様です。当時もそんなふうに自由に使われたことでしょう。けれどやっぱり、たまには牛乳たっぷりのコーヒーを飲んでほしいですね。

しゃばしゃばな味わいも、たまになら悪くありません。

 

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