Item Note

安息香のための小薬壜

 

石畳がこつこつと鳴り、重い扉がぎしりと軋んで、薬種商はいつものように来客に気がついた。

喉に違和感があるという婦人の求めに応じ、この日も慣れた所作で調合は始まる。染みや汚れの浮いた古びた楢材の作業台。沿うようにして据え付けられた棚に並ぶラテン語で名の記された壺。彼はそのなかから幾つかを手にとり、杓で掬って秤の皿にのせ、手際よく混ぜていった。最後にちいさな小壜にすっと手をのばす。傾けた注ぎ口から数滴を垂らした。

まもなく仕上がった薬を、客は満足気に受けとる。小銭を置き、帽を軽くあげて出ていった。

ぎしり、こつこつ。静寂。彼の指先には、甘く乾いた香りがかすかに残っている。

 


 

18世紀、ファイアンス焼きのちいさな薬壜。

安息香(ベンゾイン)は、当時のヨーロッパでは香料、抗菌剤として用いられたり、軟膏や香膏に加工されたといいます。また医療目的だけでなく、教会では乳香と混ぜて薫香として用いられ、その芳香が「空気を清め、病気を遠ざける」とも考えられていました。

酸化コバルトによる藍絵の文字組みと縁飾りも嫌味がなく、作陶も細部まで細やかで、端正な造形には惹かれます。南フランスの骨董市で見つけたものですが、当時のフランス製錫釉陶器の特徴は示しておらず、確たることは言えませんがドイツ辺りで作られたものではないかと考えています。どうでしょうか。イタリア北部やスイスという可能性もあり得そうです。

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