かのピーテル・ブリューゲルが生きた時代・地域からもそう遠くはありません。
近世初期16世紀末〜17世紀初頭(1580〜1620年)頃、フランドル地方のピューター皿
装飾のない素朴で簡素な作りは、まさに彼が描いたような庶民に日常食器として当時用いられたものでしょう。ちいさな寸法ですし、恐らく銘々皿ですね。製造してから持ち主がサインを刻んでいることを踏まえれば、修道院やギルドといった共同施設内の棚に静かに並んでいたことまで想像できるでしょうか。沢山揃っていたうちの1枚なのかもしれません。乾いたパンの傍らには塩漬け肉、チーズ。眺めていると人々が集うささやかな食卓情景が浮かんできます。
フランスで譲ってもらった皿で、製造地は恐らく当時のスペイン・ハプスブルク家支配下、南ネーデルラント(現在のベルギー、及び北フランス、南オランダの一部)の小都市。磔刑のキリスト像と左右に打たれた「AD」の刻印、刻まれた名前、そして立ち上がりがほとんどなく平板な周辺地域で典型とされる仕上げ。時代のあるものですが、仔細な考察ができたのは幸運でした。
練度が高いとは言えない簡易な型鋳造と冷却後のバリの研削。無骨な地方職人の素朴な手跡にも惹かれますし、指に馴染んでしっとり沈む重たさと質感、何よりその物がもつ気配からは、鉛含有量の多い古手のピューター皿固有の魅力を感じます。
恐らく本来はより黒ずんだ銀灰色をしていたはずですが、今見える白灰の色目は土中で軽度に表面酸化したことによるもので、ある程度は出土後に洗浄も施されているように思います。
300年という時間の経過とかつての日常の痕跡に、静かに触れることのできる佳品だと思います。
時代|16世紀末〜17世紀初頭頃
生産|フランドル地方
寸法|φ18cm
