Column / Item Note

英国産とフランスらしさ

 

1810年代前後頃の単独クレイユ、あるいはモントロー窯。フランスでは植物採集装飾とも呼ばれる、樹枝がひろがったような有機的な草木風模様のちいさなコーヒーカップです。

特徴的な絵付けは17世紀末の英国で生まれました。色のついた酸性の絵付け用溶液が、焼成前の陶器本体を覆うアルカリ性の湿った釉薬に滴下することで一気に広がり、樹枝状のランダムな模様に変化します。絵付け用溶液は素地の釉薬(あるいは化粧土)に滲まないよう精緻に配合して作るのが本来ですが、その性質を逆に利用した技法です。

イエメンのモカ港を通じてアラビアから輸入されてくる、当時のイギリスで「モカストーン」の名で知られていた苔瑪瑙の石にはいる模様と似ていたため、英語圏ではモカウェアの名で呼ばれます。

※狭義のモカウェア。広義のモカウェアについての説明はここでは割愛します。

専門的職能を比較的必要とせず、下絵付けのみのため焼成回数も2度で済むこともあって、やがては工場制手工業においてもっとも安価に作れる装飾陶器として、英国内に加え、北米で人気になりました。色鮮やかなモカウェアが、19世紀を通じて、農場や酒場といった大衆の暮らしのなかで親しまれたそうです。

今回の紹介は、そんな本歌の伝統を踏襲しつつ、19世紀最初期にパリ郊外の窯で国内市場向けに作られた佳品です。

フランスでは、英国や北米と異なり僅かな期間しか作陶されなかったとされます。リリース後は国内の製法特許を取得していたとの記録が残っており、また後年の北米のように大衆向けではなく、窯が限られた裕福な市民のみを顧客にしていた時代と作陶期間が重なっていることも言及すべき点だと思います。

線は細く、テールドピップの軽やかな陶胎には品と色気が感じられます。モノクロの配色は一般的に知られるモカウェアと比べるとぐっと慎ましやか。

19世紀初期、マニュファクチュアの美質に混じり合う固有のフランス的感性が、心の琴線に触れました。

口縁径5.2 / 幅7.3 / 高5.8cm

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