静物としての佇まいに目を奪われながら、やわらかな表情とくぐもった色彩には素朴で控えめな気配があり、眺めているとすっと心は和らいでいきます。
16世紀末頃、イタリア北部フィレンツェ郊外、モンテルーポのマヨリカ焼きアルバレロ(薬草壺)です。
16世紀半ばにイタリアで生まれたとされるフォイエ(葉)のモチーフが、絢爛な色絵ではない、簡略様式による藍の単色でつつましく細やかに描かれています。
その図柄は、オランダ商船を通じてもたらされ茶道具の水指として珍重された17世紀製、阿蘭陀の壺が日本で知られているため、目にしたことがある方も少なくないと思います。本家とされる国で、始まりからもそう遠くない時代に描かれたものです。
どこか稚拙さもある滲みや歪みは、絵付けする際に下地の吸水性の高さに陶工が抗うなかでで現れたのだろうと思いますが、作為をもちなら作為が抑制された自然な景色に心地よさを覚えます。
マヨリカ焼きのなかでも古窯とされ、16世紀前半まではメディチ家やフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局を顧客として抱えていたモンテルーポの工房ですが、世紀後半には市場経済のなかで生産コストの面から苦心していたという記述を手元の書籍のなかに見つけたことには、納得もありました。
後年のデルフト焼きに繋がる洗練されたファイアンス焼きの技法が、この頃、語源でもあるイタリアのファエンツァで他国に先駆けて会得されたとされ、実際これまでも美術館や骨董市で為政者、あるいはカトリック教会とも関わりの深かった薬局のために焼かれたイタリア各地のアルバレロを見かけては、その絢爛さや精巧さに驚かされてきました。
他方で今回手にした品はどうかと言われれば、上手と呼べるようなそれらと比較するなら、どちらかと言えば(当時としては)下手とも捉えられる作行きと感じます。
やがてファイアンスと呼ばれることになるような錫鉛掛けの白釉ではありません。前述のコストの面から、恐らく化粧土と透明釉で仕上げており、土の香りがする乳白の肌合いからは、より大らかな印象を受けます。
多様な技法を厳密に細分化して詳らかに語ることはできませんが、スリップウェアや日本の粉引よりは粘性が高いとされるヨーロッパではアンゴーブ(化粧土の一種)に分類できるような材を用いただろう質と肌です。故にこそ惹かれたのだと思います。
ものが古き土地の文化や歴史を真摯に語りかけてくる。そうして傍に置いたときには、強度でこちらが圧されるようなこともない。自分にとって風通しがよくたおやかと思える古物との稀な邂逅は、やはりかけがえがありません。
約 径16 / 高23cm