Item Note

ピレネー山脈、チーズの意匠型

 

草木や家畜、或いは石造りの家や湿った貯蔵室の匂いを、一つの小さな民具から嗅ぎとります。

スペイン北部、ピレネーの山岳地帯でチーズの表面に文様を押し当てるために用いられた意匠型。

広葉樹を不均衡に大らかに削り作ったカタチ。農夫や羊飼いといった個人が、農閑期である冬の室内仕事として拵えたものでしょうか。地域の無骨な木工品がもつ「らしさ」と、そこに残る西洋的な造形意識の自然な折衷に惹かれます。

中心の白化した部分は、実際に押し当てられたチーズの残滓です。型の径は大きくなく、そこからも大規模な生産ではない、ちいさな家庭や小規模農家の営みが想像されます。家で食べ、近隣で分け、村の市で売るようなこともあったのかもしれません。

腐りやすさ、そして山道の遠さや越冬の厳しさ。乳を保存可能なチーズに変えることは生活の必要だったはずです。

文様を眺めていたら、不意に山の遠景が頭に浮かびました。特別な彫りではないですし、作り手が山を彫ったと言いたいわけでありません。そんなことはわからないし、そう言い切ってしまうと、道具がたちまちこちらの物語の中に閉じ込められてしまいますが、物の語りに耳を澄ませて何かが聴こえてきた瞬間は、大切に抱きしめたいです。

木と乳が育んだピレネーの、生活の匂いが残る民具。どこか彫刻のようでもありました。

 


 

年代|推定19世紀末頃
地域|スペイン、ピレネー山脈
寸法|径25 高5cm

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