年代|17世紀
生産|イングランド
素材|ラテン/錫引き
寸法|17.2cm
ライオン
そこで、どうか、雌ライオンならぬ獰猛な雄ライオンの正体、
それはこの私、指物師のスナッグとご承知おき頂きたい。
(中略)
テーセウス
とても優しい獣だな。実に思いやりがある。
ディミートリアス
獣は普通怖いわけだもの、こんなの見たことありません。
——ウィリアム・シェイクスピア『新訳 夏の夜の夢』
(河合 祥一郎訳, 角川文庫, 2015年)
イングランド王室の紋章にも描かれており、勇ましさや権力の象徴ともされるライオンですが、個人的に心惹かれるのは、猛獣をちいさく図像化したときのユーモラスな愛くるしさです。
シェイクスピア(1564-1616)による『夏の夜の夢』の劇中劇で、ライオン役の大工スナッグが、観客を怖がらせまいと正体を明かしてしまい、荘重なイメージが笑いに転じる場面があります。威厳や恐怖が不意に親しみに置き換わることの可笑しみは、今も昔もきっと変わりませんね。
紹介は、当時の定番意匠のひとつ「座像のライオン」ノブを据えた、17世紀、イングランドのラテン製(真鍮系の銅合金)スプーンです。
製作当時は表面に錫引き(錫によるコーティング)が施されていました。現在もその痕跡が部分的に確認できます。ボウルはイチジク型。中央下部には並列のスプーン図と左右の二字イニシャルから成る工房印が押されています。
そういえば『夏の夜の夢』には、鋳掛け屋(Tinker)のトム・スナウトも登場します。鋳掛け屋とは、当時、庶民生活に欠かせなかった行商の金物修理屋で、はんだ付けによる補修から、小物の製作・販売までを担いました。錫引きのメンテナンスを行うこともあったそうです。
工房で鋳造されたスプーンですが、スナウトのような旅の鋳掛け屋に手当てを受けるようなこともあったかもしれませんね。一本のスプーンが、物語を通してゆっくりと線を紡いでいきます。
