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Description / Entreprise

Creil / クレイユ

1797年、パリの北に位置する郊外の街クレイユに、アイルランド出身のパリの実業家ロバート・ブライ・オライリー (Robert Bray O’Reilly) なる人物が、クリスタルのガラス製造から事業の変更をするかたちで開いた陶器窯。1802年、隣町シャンティーの窯のディレクターであった英国人ジャック・バグナル(バニャル)が、能力の高い労働者や職人を引き連れて転籍。窯経営に参画し、英国風の上質陶器製陶を開始したことで、クレイユは急速に発展していきました。

18世紀末から19世紀初期にかけて、フランスで独自発展した英国風上質陶器は「ファイアンスフィーヌ」と後世に呼ばれることになりますが、当時のファイアンスフィーヌ製陶文化においてクレイユ窯は中核を為しました。

単独のクレイユとしての作陶品は1800年代半ば頃まで存在。1819年にクレイユの所有者、サン・クリーク・カゾーがモントロー窯を買収、やがて2つは完全に合併をし、クレイユエモントロー社となります。クレイユエモントローは、ファイアンスフィーヌから、より量産可能なテールドフェール製陶へとシフトし、引き続き19世紀末まで、フランスの陶磁器生産を牽引していきます。

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