1797年、パリの北に位置する郊外の街クレイユに、アイルランド出身のパリの実業家ロバート・ブライ オライリー (Robert Bray O’Reilly) なる人物が、クリスタルのガラス製造から事業の変更をするかたちで開窯したファイアンスリー(ファイアンス陶器窯)。窯は、19世紀半ばにはファイアンスリー モントローと合併しクレイユ エ モントローとなる等さまざまな変遷を経ながらも、19世紀末まで街の一大産業として栄えました。

クレイユとしての作陶は、1819年にクレイユ製陶所の所有者だった人物が買収したモントロー製陶所と合併をしクレイユ エ モントローとなる1800年代半ばまでです。

単独窯としての作陶品からは、貴族や有産階級を中心としたごく限られた人々を顧客としていた時代性もあり、ファイアンスフィーヌ = 上質陶器と呼ばれる器を主に、当世にしかない気品や色気を強く感じることができます。