Item Note

プロヴァンス民陶、アプト焼

 

Si l’on peut dire que la fleur de la faïence de Marseille est une fleur de serre, la fleur de Moustiers est une fleur de montagne, la fleur d’Apt est une fleur de potager.

マルセイユのファイアンスが温室の花だとすれば、ムスティエは山の花、アプトは菜園の花です。

——ジャン=ルイ・ヴォードワイエによるムムスティエ陶器博物館の開館式辞より、1929年9月15日

 


 

プロヴァンス贔屓で知られる作家が、高低や貴賎を持ちこむことなく軽やかなレトリックで語り分けたように、確かにマルセイユ焼には洗練が、ムスティエ焼には清澄があり、そしてアプト焼には土地の暮らしに根ざした素朴さと日常性が、ひときわ光る美質として備わっているように感じます。

18世紀半ばの勃興以来、アプト、及び近隣カステレの村で地場産業として拡がっていったアプト焼。

リュベロンの山間に差し込む強い陽光に下、プロヴァンス家具との親和性のなかで育まれた健康でおおらかな気配。同時にノーブルな優雅さを湛え、「カタチ」の高い精度が全体の美観を支えています。土地の気候風土が生んだ資質に、革命以後の世相に沿った都市型の卓上器としての発展が重なり、固有の魅力は育まれました。

絢爛によらないモダンな気配とやわらかな彩度は、現代の感覚でも心地よく琴線に触れてきます。

ちなみに近縁のプロヴァンス産の焼き物として、白化粧後に黄や緑を加えた鉛釉を施したテラコッタ製陶器が広範に作られ知られています。18世紀以来の土地の天然顔料であったオークル(酸化鉄)を主に用い、黄〜蜂蜜の色表現をおこなう共通項を持ちつつ、他方で作陶技法はファイアンスフィーヌや英国のクリームウェアに近いアプローチをしており、別の系統として捉えることが適切でしょう。

アプト焼のやや抑制的な色目は、淡色の胎土に透明釉を基軸としつつ各種酸化物で色を添えるという手法にあったようで、顧客の嗜好を想像しても、その品のよい作域にはうなずけます。

 

Faience d’Apt (アプト焼き)

南仏プロヴァンス、リュベロン地方の村アプトで焼かれた上質民芸陶器です。

18世紀初頭、セザール・ムーランがアプトに隣接する小さな村カステレで最初の陶器工房を開窯。18世紀代半ば頃には、セザールの息子のうち1人が引き続きカステレで作陶を続け、残り2人はアプトに拠点を移し新たな陶器工房を開窯。それらを基盤に、その後も複数の陶工や経営者により作陶が続けられてきました。

最初期のムーラン家(及びフーク家、アルヌー家)一族、第二世代において代表的なボネ家一族、あるいはクーピニーやセイマール等々。18〜19世紀の期間だけ見ても、窯は村および近郊に30を越えて存在しました。

土地で採掘される顔料オークル(酸化鉄)を用いた黄釉系の陶器を得意とし、またマーブル釉の作りも知られます。陶厚や釉質、焼成感は多種多様ですが、ヴォークリューズの恵まれた土壌を生かしつつも都市型の卓上器としての発展をしたという特異性から、総じて民衆的気配にノーブルな印象が混じり合う魅力をもちます。

稀にアプト窯という呼称を見かけますが、複数の陶工、経営者の窯が別個に存在したことからも、アプト焼(Faïence d’Apt = アプトのファイアンス陶器)と呼ぶのが適切です。

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