Item / Pottery

Plat Ovale en faience fine de Lorraine

 

18世紀末頃、現フランス東部ロレーヌ地方のファイアンスフィーヌ製リム皿です。

1730年、ロレーヌ公国領に開窯したリュネヴィル、及び1757年にその子会社としてフランスの三司教領に開窯したサンクレモンは、ロレーヌ公スタニスワフ・レシチニスキのお抱えとして当時存在感を示しています。

1766年、ロレーヌ公国がフランスに編入されるまでの約30年が、制度的にも地政学的にも「自由に動ける」時期であったからでしょう。当地はパリ広域圏とは異なる独自の陶器製造業・文化が養われることになりました。

20世紀に似たリム意匠のモデルが同じロレーヌ地方のサルグミンヌで作られていますが、その本歌とも呼べるもので、技巧や感性にまだ固有の美意識あった頃の名残を映す作例です。

柔らかで肌理の細かい象牙の胎にゆららかなガラス釉。マチエールに惹かれます。フランス、もといロレーヌ的装飾性は華美には寄らず、生活のなかで使い込まれた時間の生んだ古色のニュアンスも美しいです。素朴さを湛えた穏当なノーブルから、時代の凪を感じていただけるでしょうか。

 

Faience Fine (ファイアンスフィーヌ)

ファイアンスとは、有色の土の上に白い不透明な錫釉をかけ完成させた陶器のことです。

1700年代のフランスで中上流階級の人々が用いた食器には主として『ファイアンス陶器』と、限られた貴族のみが所有することができた高級な『磁器』『純銀器』がありました。

そんなフランスに、1700年代半ば、当時ウェッジウッドを筆頭に陶器製造の最先端国だった英国の『クリームウェア(クイーンズウェア)』が流入し、貴族、そして当時台頭してきていた市民階級(ブルジョワジー)たちの羨望の的となります。

ですが王室によりその製造技法は特定の窯のみの特権とされ、また国内で採取できる陶土の違いもあり、英国式陶器をフランス各地で作ることは困難でした。経営者や陶工たちはそうした環境下、1789年以降のフランス革命という激動も乗り越え、伝統的なファイアンスと英国クリームウェアの狭間での技術開発を続け、人々の心を満たす、フランスならではのきめ細やかで品のある繊細優美な陶器を生み出しました。それが『ファイアンスフィーヌ』と呼ばれる陶器です。

フィーヌには「上質」の意味があります。技法としては白、あるいは象牙色を素地にして、ごく薄い透明釉を施し低温焼成した陶器であり、出自がそれまでのファイアンス陶器からの流れ汲んでいるため、ファイアンスフィーヌの名で呼ばれますが、2つは別種と捉えるのが適切でしょう。

1700年代半ばに隆盛を極めた貴族向けの英国式陶器が、今では初期のファイアンスフィーヌと呼ばれます。パリのポントシューやロレーヌ地方のリュヴィル(当時はロレーヌ公国領)といった王侯貴族の保護下で発展した名窯があります。

1800年代前後頃、市民社会到来以後は、王侯貴族の保護下にあった窯は廃れました。入れ違いで独自の進化・発展を遂げたのが、フランス式のファイアンスフィーヌです。ナポレオンの大陸封鎖による英国製陶器の輸入制限という外的な後押しも受け、ブルジョワ的な価格や意匠性での顧客アプローチに成功した、新興の窯々が存在感を示します。クレイユやモントロー、ショワジールロワといったパリ広域圏の窯を軸に、フランス各地で、ファイアンスフィーヌが作陶されました。

とは言え時流の変化は世の常。1830年代以降、止まることのない近代化の波のなか、さらなる量産に向いた半陶半磁器(テールドフェール)の台頭があり、その作陶は急速に衰退します。

革命前と後で時代を区切るなら、それぞれが数十年という僅かな期間の作陶でした。

ファイアンスフィーヌ、それは当時のフランス人が苦心の末に生み出した、儚さと当代固有のブルジョワ的穏当な実直さを纏った古陶器です。

 


 

幅35.5 / 奥行き27 / 高さ3.5cm

(ご売約済)

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