
パリを経ってから数時間、目的の観光保養地も間もなくだ。乗客の多くは幾つかあった途中駅ですでに降り、満員だった車内には3、4人が残るのみ。当初は快適だった冷房の効きが気になり上着を羽織ってから、もう随分と経っている。
片田舎に向かっているわけではなく、つかの間の静寂も、指定席制の特急列車において降車需要が近隣の複数都市に分散した結果に過ぎない。けれどパリの雑踏とバカンス間近なコートダジュールの浮薄のはざ間では、その時間が一層寂しげで、延々と続くようにさえ感じられる。
奇妙な連帯感を帯びた車内の僅かな乗客と不意の目配せをし合いながら、降りていった人々が残した確かな気配を探る。飲みかけのボルヴィック。読み終えた新聞。スマートフォンが、スペイン人のギタリストが爪弾くタンスマンの舟歌を流している。
以降はあとがぎに過ぎないのかもしれない。そんなことを考えていたら間もなく、列車は終着駅にたどり着いた。