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女性のための服飾小物、古き文化のかけら

かつてのファッショントレンド。フランスの裕福な身分の女性たちが社交の場に赴く際に、小銭や鍵を忍ばせ携帯する用途で主に用いた収納のため服飾小物のささやかな物語と紹介。

 

 

18世紀末から19世紀初頭ごろ、市民革命を経た第一帝政期 (ナポレオン1世治世期) より、上流階級の女性の衣服において、王政期のパニエ入りの大きなドレスが否定され、肌着を省略したよりタイトなシュミーズ・ドレスが流行しました。それにより腰に巻きつけてドレスの内側に隠していた “ポケット” がなくなったため、貴重品入れを手に提げる必要性が生まれ、「レティキュール (Réticule)」と呼ばれることになる、小さなメッシュバッグが女性のファッションとして取り入れられるようになりました。

所謂、今日に繋がるハンドバッグの誕生 (前身) です。

シュミーズ・ドレスの流行はやがて終わり、スカートには再び腰巻きポケットを使うためのスリットが入れられるようになりますが、レティキュール、及びそこから派生し作られた収納服飾小物は、19世紀通して変わらず、上流階級の女性たちを魅了し続けました。

冒頭の写真がレティキュール。かぎ針網にスチールビーズ刺繍を施した、在りし日の美しい手仕事です。

アカデミー・フランセーズ辞典に初めて掲載されたのが、1798年の第5版 (第1版は1694年刊行) 。ラテン語の「レチクル (Reticulum) = 網の意」から派生したという語源から、古代ギリシャに規範を求めた当代の新古典主義的潮流も垣間見え、レティキュールは、まさに19世紀の上流階級の女性を象徴する一語だと強く感じます。

 

※因みに論考からは少し逸れますが、レティキュール登場以前、18世紀半ばまでのドレスの着付けについての、ごく参考になるイギリス、リバプール国立美術館の動画を見つけました。よろしければ参考としてご覧くださいませ。動画2分15秒頃より、腰に巻きつけるポケットの着付けシーンもご覧いただけます。 click!

レティキュールはリージェンシー時代 (広義で1795 – 1820年頃) のイギリスでも、貴族やジェントリー階級の女性たちのあいだで流行しました。

 

 

趣向変えまして、純銀の「小さな貴重品入れ」です。

時代柄、より絢爛で装飾性の高い個体も多いですが、写真の品は、19世紀フランスの気配を纏いながらも、ニュートラルな風通しの良さがあり、そんなバランス感覚にクープランとして心惹かれ手に取りました。

小さな貴重品入れは、ベルトの脇やヘアネットの中といった衣服の内側に、小銭や鍵を忍ばせ仕舞う用途で主に用いられたそうです。シュミーズ・ドレスの流行以来、100年近くポケットの付いていなかった当時の女性たちの衣服にも、19世紀末ごろより、少しづつですがポケットが付けられるようになりましたので、そんな時代の流れも影響したのだと思います。当時の新しい実用品とも言えそうですね。

また中世の甲冑をルーツとして、19世紀後期から20世紀最初期頃に服飾小物の一形態として流行した鎖帷子 (くさりかたびら) は、簡単なものでも1つできあがるのに一週間近くかかったそうです。当然ながら非常に高価で、限られた女性だけが携帯を許されました。

職人仕事によるごく繊細な工芸品としての側面も併せ持った希少なアンティークでもあります。

 


 

ある場面では装いのアクセントとして、また別の場面では今と昔を往来をする仕掛けとして、持ち手を軽やかに愉しませてくれる「用のアンティーク」。手のひらに乗るくらいの小さな服飾小物が、100年という時間を悠々と越えて、舞踏会、晩餐会、サロンに音楽会、かつてのフランスの社交場の香りを、瓶詰めされたまま残された古酒さながらに現代へと運ぶ。

現代の暮らしに柔らかに溶け込む古き文化の欠片。なんだか素敵じゃありませんか?

 


 

補記

近代フランスにおける収納のための服飾小物を指し用いられる言葉には、他に「ブルス (Bourse)」「オーモニエール (Aumônière)」があります。

ブルスは今日では慣用表現でしか用いられませんが、当時はごく一般的だった (古い) フランス語で、主には巾着式の小さな財布や袋を指す総称です。レティキュールはブルスから派生して、流行のなかで生まれた言葉と言えます。

言葉はあくまで便宜的な存在ですが、本文中の純銀の貴重品入れは、当時の慣例に則るなら、小さなブルスと呼ぶのが適切かと思います。

またオーモニエールは、中世以来の修道女や僧侶が、ベルトにの脇に小銭、ハンカチ、ロザリオ、祈りの本を収納するために携帯していた腰巻きの袋のことを指します。現地フランスには、この言葉を用いるアンティークディーラーが多いのですが、古いアカデミー・フランセーズ辞典を引くと、「かつて腰に付けて使われていたブルスの一種」という簡素な記述が1835年の第6版、1932年の第8版に見られるのみなので、当時としてもすでに古い呼称となっていたようです。あくまで推測ですが、近世以前の服飾小物を指すオーモニエールを、より広義に捉え、19世紀のものも包括してそう呼んでいる、というのが実態なのかなと思っています (調査中)。

 

※写真の品は完売しました。

 

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