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ささやかな個人美術とプリミティブ

 

脚や取っ手のない筒状の縦型グラス、所謂現代のタンブラーは、フランスでは「飲み込む/丸飲みする」を意味する動詞「Gober」が語源となった『ゴブレ』の名称で、古くから日常食器として用いられてきました。時代や地域、そして身分・階層によって銀、ピューター、木、ガラスと素材は多種多様に存在します。

写真はノルマンディー地方より、エナメル多彩色を施したガラス製ゴブレ。

1760〜1850年頃の期間、主には愛や友情の証として、またあるときには土産物として、同地近郊で親しまれてきた器です。婚礼の贈り物に好まれたことから「ゴブレ・ド・マリアージュ」とも呼ばれることがあります。

地域が限られていたことに加え、専門的な環境と技量を必要としたため当時の生産量は決して多くはなく、同時に身分の高い貴族や上層ブルジョワの為の献上品のように保管・保存による伝世も為されてこなかった、つまり「市井の人々の贅沢品・高級品」だったが故でしょう、良質な状態の個体は、今では大変希少です。

同時代、エナメル多彩色を施した似た手のガラスの産地としてはドイツも有名です。何れも作り手たちが個人美術を一定指向していただろうことは共通しています。比較をするなら、ドイツにおいては宗教をモチーフとした作品も多く、絵付けが繊細緻密で、美術への傾倒はより顕著かつ意識的で、他方でノルマンディのそれは、殆どの場合で動植物がモチーフとなり、酒や愛の讃歌がカリグラフィーで記述されるが多かったことからも、結果的には日常生活の道具の域に留まり続けたのだろうと個人的には捉えています。

長閑でリュスティックな土地の気候風土を想い、牧歌に包まれながら、相反するような描き手の美意識や神経質さが垣間見えてきたり、眺める角度を変えてみると素朴さは一層際立ったり。そしてそれらは「食器」として用いられ、経年により適切に破損、散逸してきました。

固有の地域性と個人的な芸術性のそれぞれを内包した古き郷土の工芸品(Art Populaire Normand)。和やかにやさしく湛えた土着のプリミティブの気配は、その不完全さも含めて、何とも愛おしく魅力的です。

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