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キュノワール、カルヴァドスのための

 

19世紀末頃、簡素な佇まいが好ましい、掌に収まる程にちいさな筒形のキュノワールは、フランス北西部固有の美質を嗜みながら、茶器や酒器として、控えめな素朴は和のしつらえに馴染む親しみも感じられました。

フランスでは、軟質磁器の蓋付き保存器の本体は別として、陶製で単一の器として見かけることは殆どない珍しいカタチ。キュノワールの作りで手にしたのも、店を始めてから数えてもほんの幾度かです。古いファイアンスリーの製品一覧表には取手なしのカップ(Tasse sans anse)の記載があるとは言え、当時のフランスにおいての需要が全般少なかったことは、経験から窺い知れます。

カルヴァドス盃を主な用途として想定し造られたものだろうと考えています。

個体数が少ないことは、より一般的なガラス製のそれに取って代わるほどではなかったことを鑑みれば腑に落ちますが、地域固有の食と工芸の文化が交差したことで珍しくも作られた存在には、実用できる嬉しさ喜びとともに愛おしさを抱きます。

19世紀、ノルマンディー地方。

 


 

キュノワール(Cul Noir)

柔らかな赤褐色や淡黄色の陶土を素地として、「表面」を錫釉により白や灰色に、「背面」を酸化マンガンを含む釉薬により濃度を調整しながら飴色や漆黒に焼成させたフランス北部の古い雑器を指してそう呼びます。

キュはフランスの卑俗な口語で尻のことで、転じて(瓶などの)底部の意味があります(例:cul de bouteille = 瓶底)。ノワールは黒色のこと。キュノワールとは、背面が黒い陶器のことを雑器らしく俗語で表わした工芸用語です。

錫釉よりも比較的安価で、かつ耐熱性(直火ではなく主には窯焼き)を確保するための熱膨張率も低いという素材の性質が、調理用陶器としての実用性を高めたいという民意とも合致し、18世紀初期にノルマンディー地方ルーアンで用いられるようになったマンガン釉は、やがて表面の美観と全体の費用削減を折衷させた現在「キュノワール」と呼ばれる作陶方法を確立。ノルマンディー近郊から、ボーヴェ地方(現在のオワーズ県)やロワール川流域に至るまで伝播し、各地で作陶されるようになりました。

※キュノワールの主な作陶地域(Click!)

市井の人々に日常使いをされていた器。ですがそれが故、100年を越える時間の経過のなかで、生活道具として少しずつ破損、散逸していて、殊に実用性の高い皿類については、当時の生産数に比して現存個体数はあまり多くはありません。

作陶期間は18世紀末〜20世紀初頭頃。

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