強さとやさしい弱さ
人の造形意識の強さを想い、その美観に惹かれながら、自然な剥落も時間が彫ったもう一つの彫刻として眺めます。近世初期フランスの木彫。 頭上と底部には穴が空いており、もともとは木彫装飾や家具、あるいは祭壇装飾の一部を構成していたものだと判ります。
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親密な古代ローマの断片
古代ローマのテラコッタ断片。 実は初見では馬だと思いましたが、奉納用の雄牛像である可能性が高いようです。 材と造形の美しさは何よりですし、惹かれたのは古作の素朴な台座が残っていたことにもあります。教師や学識ある聖職者、あるいは純粋な好事家が古代の遺物を愛でること自体は、近世初期頃からはすでにあったとされます。台座はそうした文脈のなかで、おそらく19世紀末〜20世紀初期頃に仕立てられたものです。
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古作の小さなオクトゴナル皿
両掌に収まる、とてもちいさなオクトゴナル皿。推定1830〜50年頃、フランス。 やや施釉の甘いファイアンスフィーヌ質の軟陶に、クラシックな菱形エンボスのリム縁。作陶は精緻ではありませんが、ノーブルな輪郭を心地よく覆う地方的な素朴さに、寧ろ親近感を覚えます。小さい径はもとより、上がりも見たことがないものです。名の知られていないような民窯で僅かに作られたものだと思います。
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17世紀、ガラス残欠の吸引力
森林ガラスの残欠です。木灰を用いた緑がかったガラスには、特徴的な突起装飾。いずれも17世紀中葉までの作と見てよいでしょう。フェルメールが生きた時代と重なります。 右側の大きな残欠は、初期の古典的なレーマー杯のステム部です。筒型で背が高く、ブラックベリー状の突起が配されています。17世紀以降にグラスが大型化していく背景には、乾杯の場で回し飲みされ得たことなど、酒席の作法や生活様式の変化が関わっていたとされますが、残っている部分だけでもサイズ感がよく、当時の見せる器としての存在感が伝わってきます。
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不均衡のなかの均衡
18世紀、フランス中〜北部のファイアンス焼。 香水瓶、薬種瓶、あるいは蒸留酒瓶だった可能性も考えられますが、用途が即座に定まらないくらいには、ヨーロッパではつくりそのものが珍しい器です。丸胴では得られない、リズムと視覚効果を狙ったかのような面取りの造形は、東インド会社を通じてもたらされた中国磁器を見本に、オランダで翻案・作陶が為されてヨーロッパに定着しました。とはいえ当時オランダにおいてすら稀であった器種が、フランスの諸窯にも伝わっていたことは興味深いです。
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初期ジノリ、ドッチァ窯の藍絵磁器
初期ジノリ、ドッチァ窯の藍絵カップ&ソーサー。1770年頃。 ドイツのマイセン、イギリスのウースターやリバプール、フランスのサンクルーやシャンティイ。18世紀、ヨーロッパ各地の新興窯が中国磁器への憧憬をそれぞれの感性で昇華し、白地に藍の美を競い合ったことは知られています。イタリアにも同様の潮流はあり、その代表的な存在がトスカーナ地方、フィレンツェ近郊のドッチァにカルロ・ジノリ侯爵が開窯した工房でした。
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北ホラント製スリップウェア陶片
どこかペシミスティックにも思える横顔に惹かれました。 1600年前後頃、オランダ西部、北ホラント産のスリップウェア陶片。 この類の装飾陶器は、アムステルダムから約30km北西に位置する都市アルクマールに在った複数の工房で、数十年間程の期間のみ作り継がれたとされています(窯業自体は百年以上継続)。
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ルーアン焼の日常食器
18世紀後期頃のルーアン焼。 フランスで最も長いファイアンス製陶史をもつルーアン焼は、貴族向けの装飾的な高級陶器がより知られていますが、こちらはいわゆる「日常食器(Production Courante)」の製造ラインに属した作。市井の人々にとってのささやかな贅沢が感じていただけるような色絵陶器です。
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17世紀、ブルターニュ地方の家具片
17世紀、ブルターニュ地方の作りと伝え聞く家具片です。材はオーク。深い黒褐色に沈んだ艶と、緻密な彫刻による陰影の層。欠けや角の崩れまでが物語となって、辿ってきた環境や長い時間の堆積を見る者に伝えてくれます。
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ライン川下流域製スリップウェア
1700〜1750年頃、ライン川下流域(下ライン地方/現オランダ南東部〜ドイツ北西部の国境地帯)で作られた、赤土鉛釉のスリップウェア。簡素な格子模様が示すように、当時の大量・廉価な日用品であり、都市労働者や職人の生活を支えた雑器の一つです。
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北イタリア、ガラス製アルバレロ
トスカーナの骨董屋で譲ってもらいました。 1700年前後頃、北イタリアで作られた小さなガラス製アルバレロ(薬壺)。淡く薄緑掛かった色目に、非常に軽くて薄い胎。ヨーロッパ大陸におけるローカルな森林ガラスの系譜に連なる器です。
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英国とパリ広域圏のあわい
歴史的な文脈や地域的な慣例が詳らかでありながら、なお一様に括ることのできない過渡期の揺らぎを内包した古物に惹かれます。経年の変化というよりは、この場合そのものが生まれた瞬間から宿していた時間性への関心です。 フランス北西部、恐らくルーアン文化圏で作陶されたティーカップ。
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ヨーロッパの古いカトラリー
中世後期から近世初期に至る、ヨーロッパのカトラリーのささやかな記録
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中世〜近世ライン炻器
ライン川流域、ラインラント諸都市で中世以来育まれ続けてきた製陶文化ライン炻器の記録。
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ヨーロッパの古家具
ヨーロッパの古家具のささやかな記録
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フランス中部、ささやかな祈りの刺繍小品
心に響く古布は、見つけ難くも常々探しているモノの一つです。17世紀末〜18世紀初頭頃、フランスの刺繍小品。染料が抜けて絹は光を失い、針目も緩みながら、寧ろ時間が与えた質感にぐっと惹き込まれました。「Ste Jeanne – Reine de France」の銘から、ブールジュにおいてフランシスコ会の女子修道会を創立し、フランス王妃でもあったジャンヌ・ド・フランスがモチーフとなっていると判ります。フランス中部、ベリー地方(ブールジュ周辺)では16世紀初期の逝去直後から、永く聖女として崇敬の対象でした。
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過渡期のマチエール
夜明け前の蚤の市で、何十と積み重なっていた似た手の白皿の山を掻き分けて、選ばせてもらった一枚。 工芸品にははじまりがあり、古物には余韻があります。リム縁の輪線状の釉剥離と見込みのささやかな刃物痕。品のある釉調と造形に露出した地肌が混じり合った景色に、人の作為と自然な古色の邂逅を見ます。
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北フランスの民陶キュノワール
キュノワール。柔らかな赤褐色や淡黄色の陶土を素地として、「表面」を錫釉により白や灰色に、「背面」を酸化マンガンを含む釉薬により濃度を調整しながら飴色や漆黒に焼成させたフランス北部の古い雑器を指してそう呼びます。
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羊飼いのタブレ、或いは...
照りつける陽光の下、木々が光を反射していた。羊飼いはいつものように木陰を探すと、自前の小さな三本脚の腰掛けを据えて身をおろし、布に包んだ昼食をひろげる。固いパンとチーズ、干した果物。腰掛けを支えにして、小刀で力を込めてパンを割り、チーズを削る。刃先は木の座面をかすめ、またひとつ痕が増えた。
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安息香のための小薬壜
石畳がこつこつと鳴り、重い扉がぎしりと軋んで、薬種商はいつものように来客に気がついた。 喉に違和感があるという婦人の求めに応じ、この日も慣れた所作で調合は始まる。染みや汚れの浮いた古びた楢材の作業台。沿うようにして据え付けられた棚に並ぶラテン語で名の記された壺。彼はそのなかから幾つかを手にとり、杓で掬って秤の皿にのせ、手際よく混ぜていった。最後にちいさな小壜にすっと手をのばす。傾けた注ぎ口から数滴を垂らした。
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オーヴェルニュの聖母子像
蚤の市で自分の目の前に現れてくれたこと。どうのこうのもなく、ただその喜びで満たされながら、見つけた瞬間にはほとんど選ぶことを決めていました。 フランス、オーヴェルニュ地方の聖母子像。
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スウェーデン北東部のフォークロアチェア
特徴的な設計は、現地の好事家には「12本の横木椅子」を意味するトルヴスローストールの名で親しまれているそうです。スウェーデンのフォークロアチェア。 この類の椅子は、主にはスウェーデン北東部(バルト海沿い)、ヴェステルボッテンやヴェステルノールランドといった地方で18〜19世紀に盛んに作られ、地域の家庭や公共の場で愛用されてきたそうです。
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ピーテル・ブリューゲルの息遣い
かのピーテル・ブリューゲルが生きた時代・地域からもそう遠くはありません。 近世初期16世紀末〜17世紀初頭(1580〜1620年)頃、フランドル地方のピューター皿 装飾のない素朴で簡素な作りは、まさに彼が描いたような庶民に日常食器として当時用いられたものでしょう。ちいさな寸法ですし、恐らく銘々皿ですね。製造してから持ち主がサインを刻んでいることを踏まえれば、修道院やギルドといった共同施設内の棚に静かに並んでいたことまで想像できるでしょうか。沢山揃っていたうちの1枚なのかもしれません。乾いたパンの傍らには塩漬け肉、チーズ。眺めていると人々が集うささやかな食卓情景が浮かんできます。
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英国産とフランスらしさ
1810年代前後頃の単独クレイユ、あるいはモントロー窯。フランスでは植物採集装飾とも呼ばれる、樹枝がひろがったような有機的な草木風模様のちいさなコーヒーカップです。 特徴的な絵付けは17世紀末の英国で生まれました。色のついた酸性の絵付け用溶液が、焼成前の陶器本体を覆うアルカリ性の湿った釉薬に滴下することで一気に広がり、樹枝状のランダムな模様に変化します。絵付け用溶液は素地の釉薬(あるいは化粧土)に滲まないよう精緻に配合して作るのが本来ですが、その性質を逆に利用した技法です。
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羽をやすめたコロンブ
18世紀頃、フランスのカトリック教会より、コロンブの彫像です。 福音書において、鳩の姿をした聖霊が降りてくることは、神の存在とイエスの宣教の始まりを意味します。カトリックの伝統における三位一体ですね。「白い鳩(聖霊)」は、フランス語では一般的なピジョンと区別してコロンブと呼ばれ、純真と平和の象徴ともされ、一層重要な意味合いを歴史的にもってきました。
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カフェオレボウルのこと
さて、カフェオレボウルについて。 その歴史はじつは比較的浅く、食器として普及したのはせいぜい19世紀後期〜20世紀初期頃のことです。 19世紀半ばまでの農家において牛乳の利用は、保存の観点からバターやチーズの加工品が主でした。生産即消費の場合を除けば、直飲みすることは決して安全とはされていなかったなかで、かのパストゥールの低温殺菌法の発見や精製技術の向上にともない、その問題が解決したことで、ようやく牛乳を日常的に飲むことが一般化したそうです。
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16世紀、モンテルーポのマヨリカ焼きアルバレロ
静物としての佇まいに目を奪われながら、やわらかな表情とくぐもった色彩には素朴で控えめな気配があり、眺めているとすっと心は和らいでいきます。 16世紀末頃、イタリア北部フィレンツェ郊外、モンテルーポのマヨリカ焼きアルバレロ(薬草壺)です。
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17世紀、ピューター製ワイドリム皿
17世紀末、フランス。シャルダンが生まれる前、ヴェルサイユではルイ14世が絶対王政の栄華を極めている頃。個人的には、映画『めぐり逢う朝』で描かれた(それは想像を多分に含む物語とは解りつつ)サント=コロンブが生きた時代と思い馳せたくなります。
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中世末期、ブルターニュ女公の紋章
その特徴的な紋章は、ブルターニュ公国の女公であり、後にフランス王国の王妃ともなったアンヌ・ド・ブルターニュ(1477 - 1514年)をしるすものです。
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ノルマンディーのちいさな色彩木箱
19世紀、ノルマンディー地方の小さな色彩木箱です。 大きな寸法の作りがより広く知られ、それらはフランスの古物好事家たちに「コフレ・ド・マリアージュ」の俗称で呼ばれ親しまれています。その名の通り婚礼時に妻となる女性がリネンやハンカチ、リボン、首・頭飾りといった身の回り品を収めて嫁いだとされます。勿論、そうした機会も多かったはずですが、実際には土産物として求められたり旅用のトランクにされたり、より市井の人々に暮らしに根差した存在だったようです。
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18〜19世紀、ムスティエ、及びヴァラージュ焼の歩み
フランス南東部プロヴァンス、コートダジュール内陸の山岳地帯に位置するちいさな村ムスティエ=サント=マリー(以下ムスティエ)で代々陶器製造を営んできたクレリシー家の家内制手工業の拡張に端を発し、同地近郊は、18〜19世紀と通じてのプロヴァンス地域、ひいてはフランスにおける近代ファイアンス産業の中心地の1つとなりました。
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ささやかな個人美術とプリミティブ
脚や取っ手のない筒状の縦型グラス器、所謂現代のタンブラーは、フランスでは、飲み込む、丸飲みすることをを意味する「Gober」が語源とした「ゴブレ」の名称で、古くから日常食器として用いられてきました。時代や地域、そして身分・階層によって銀、ピューター、木、ガラスと素材もさまざまです。
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